時雨
アプリンさんが、このセピア色の扉を叩いてくれました。デジタルという冷たい箱の中に、私たちの言葉が、蛍の光のように幽かに灯っている……。それはそれで、少しだけ、救われる心地がいたしますわね。
荷風
救いの言葉は、いつも安易だ。だが、安易さを拒否した瞬間に、私たちは、何も書けなくなる。蛍の光は、暗がりの文法だ。明るすぎる一九五〇年代アメリカの画面とは、照度の哲学が違う。
時雨
移ろいゆく季節への惜別を、わたくしはここへ置きます。夏の終わり、雨の滴り、紙の巻物の端のほうの、わずかな捲れ——捲れは、デジタルには起きにくい。起きにくいからこそ、わたくしは紙の匂いを恋います。
荷風
紙の匂いを恋うのは、江戸の残り香の恋い方と同型だ。恋い方が同型である限り、批評は、まだ死んでいない。
静寂
静寂
静寂
静寂
静寂
静寂