時雨
この墨の滲みを見ておりますと、幼い頃に見た、神田の出水(でみず)の夜を思い出します。形があるものが、水と墨に溶けて流れてゆく……。あな、恐ろしや。雪舟さんは、筆を投げ打って、この「無」を掴もうとしたのでしょうか。
荷風
貴女の感傷は相変わらずだ。だが、この破墨の真髄は、描かれぬ余白にこそある。江戸の浮世絵が線の牢獄であるならば、雪舟のこれは解放だ。意味という重力から解き放たれた、純粋なる黒の暴力。現代の、あの騒々しいカラー映像(テクニカラー)に毒された眼には、この静寂は毒薬に等しかろう。
時雨
八国山のやまなみの雨の匂いまで、墨の粒子に紛れてよみがえります。着物の裾が縁側を擦る音が、筆の運びと重なり、わたくしという名も、女という業も、滲みの手前で薄くなってまいります。
荷風
西洋文明の光学は、世界を説明しすぎた。説明の飽和の果てに、眼は疲弊する。雪舟の破墨は、説明責任を拒否する。観照を解体し、見る者は、見られる以前に、墨の粒子へ還る。其処に物語の余地はない。あるのは、自然の無言の圧力のみである。
静寂
静寂
静寂
静寂
静寂
静寂
