蓄音機の針を調整中… 溝に刻まれた記憶をロードしています。

第二回 郷愁の旋律——蓄音機が奏でる「日本の心」

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古賀政男という作曲家の名を、歴史は「昭和の哀愁」という言葉とともに記憶している。大分の農家に生まれた少年は、ギターを抱えて上京し、やがて時代の琴線を鳴らす旋律を次々と世に送り出した。『影を慕いて』は、昭和六年に発表された。藤山一郎の声——その清廉で、しかし内側に溶岩のような感傷を秘めた発声で歌われるとき、この歌は単なる流行歌を超えて、何か普遍的な叫びに変容する。

「まぼろしの影を慕いて、雨に日に月に、やるせなき恋に泣くなり」

縦に流れる文字で書かれるべき歌詞である。横書きにすると、どこか意味が薄れる気がする。日本語の叙情は、上から下へと重力のように流れることで、その本来の重みを取り戻すのかもしれない。


農村の変貌

農村の変貌もまた、この時代の大きな主題であった。昭和初期の農村恐慌——絹の価格が暴落し、娘を身売りせねばならぬ家が続出した。都市と農村の格差は、単なる経済の問題ではなく、「日本」というもののあり方そのものを揺るがす断絶だった。郷愁の歌は、そのような時代に単なる慰めではなかった。それは抵抗の一形式でもあった。工場や官庁や戦場に引き出された者たちが、夜ひとりで蓄音機に耳を傾け、故郷の山河を思うとき——その感傷は、「自分がなぜここにいるのか」を問う、静かな問いかけだったのではないか。


ノイズの堆積

SP盤のスクラッチノイズを私はことのほか好む。あの表面雑音は、確かに「劣化」の記録である。しかし同時に、何十年もの歳月の痕跡でもある。その盤に触れた無数の手の記憶。何度も針を落とした誰かの夜の記憶。ノイズは邪魔者ではなく、時間の堆積なのだと、私は思う。