八国山だより
武蔵野の奥、東京と埼玉との境をなす山と呼ぶにはあまりにも優しい丘の稜線に、八国山と名づけられた一画がある。 古木の梢を渡る風は、都会の騒がしさをいつのまにか遠ざけ、足を踏み入れた者に、ふと別の時間の流れをおぼえさせる。日常というものは薄い膜のようなもので、この森のなかではそれが音もなく剥がれてゆく。 武蔵野時雨、ここちゃん、そらちゃん、れおくん、そしてシャミ——それぞれに異なる影を引きずりながら、彼らはいつしかこの境界の地へと誘われてくる。 境界、とはつまり、此岸と彼岸のあわいのことである。木々のあいだに射す光は、ときに現し世のものとは思われぬほど澄んでいて、人はそこで思いがけないものと出会う。忘れていたもの、失くしたもの、あるいはまだ名を持たぬもの。 これは、そのような出会いの記録である。
連載目次(日本語)・全10話