蓄音機の針を調整中… 溝に刻まれた記憶をロードしています。

第三回 銀幕の残響——映画主題歌の黄金時代

← 目次(書庫一覧)へ戻る


昭和十年前後、「トーキー」という言葉が、映画の世界に革命をもたらした。それまでの活動写真には声がなかった。弁士が舞台袖から語り、楽士が生演奏で場を盛り上げた——それ自体が一つの芸術であったが、アメリカから押し寄せるトーキーの波に、日本の映画界も飲み込まれていった。スクリーンから肉声が聞こえる。それは観客にとって、驚異であり、感動であった。


『旅の夜風』

『旅の夜風』を聴いてほしい。昭和十三年公開の映画「愛染かつら」の主題歌として霧島昇と二葉あき子が歌ったこの歌は、封切りと同時に国民的な熱狂を巻き起こした。主演の田中絹代と上原謙が演じる禁断の恋——看護婦と医師という身分の壁を越えようとするメロドラマは、戦時色が濃くなりつつある昭和の空気の中で、かえって切実な輝きを放った。スクリーンの外では、戦争が近づいていた。それでも人々は映画館に足を運んだ。いや、だからこそ足を運んだのかもしれない。暗い劇場の中で、スクリーンの光だけを見つめる時間は、現実から切り離された聖域であった。


スターという神話

映画スターは、この時代の神話的存在だった。田中絹代の涙、原節子の微笑み、入江たか子の気品——彼女たちの表情は、ブロマイドとなって全国に流通し、少女たちの机の引き出しに大切にしまわれた。スターとファンの関係は、現代のアイドル文化の原型でもあった。ただし、そこには今とは異なる距離感があった。スクリーンの向こうの存在は、触れられないからこそ美しく、語りかけることができないからこそ、心の中に純粋に宿り続けた。


映像のあとに残る声

SP盤に刻まれた映画主題歌は、スクリーンの記憶を音の形で保存する。映像が失われた後も、あるいは変色した白黒フィルムとして辛うじて残っていても——声は、七十八回転の溝の中で、比較的きれいな形で生き延びることができた。私が「銀幕の残響」と呼ぶのはそのためである。映像が消えた後も、声は残る。それは、あの時代の俳優たちの、最後の存在証明かもしれない。