調査ノート · 第1弾
なぜこの浮世絵はパブリックドメインと言えるのか——戦時加算とTPP11、ふたつの法をたどる
このアーカイブに並ぶ一枚一枚は、ただ「古い絵だから」という理由だけで選ばれているわけではありません。著作権の保護期間が本当に終わっているかどうか、法改正の経緯をひとつずつ確かめたうえで、はじめて棚に並べています。今日は、その確認の道筋を少しだけお見せしようと思います。
保護期間は、単純な「没後70年」では終わらない
日本の著作権法では、作者の死後70年で著作権が消滅する、というのが基本の考え方です。けれど、新版画のように戦前・戦中に活動していた作家の作品には、もうひとつ別の計算をくぐらせる必要があります。それが「戦時加算」です。
戦時加算とは
連合国および連合国民が有していた著作権について、日本が戦争中の期間(開戦から平和条約発効まで)を保護期間に上乗せする制度です。対象国・地域によって加算日数は異なりますが、主要な連合国(アメリカ・イギリスなど)に関しては、およそ**3,794日(約10年5か月)**が上乗せされます。
つまり、単純な没後70年の計算では「もう保護期間が切れている」ように見える作品でも、戦時加算を足すとまだ切れていない、というケースが起こり得ます。逆に言えば、この加算対象となる国籍・法人形態でなければ、加算は発生しません。ここが最初の分岐点です。
もうひとつの分岐点——TPP11による保護期間延長は「遡及しない」
2018年、日本はTPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)の発効に伴い、著作権の保護期間を死後50年から70年へと延長しました。
ここで重要なのは、この延長が非遡及だということです。2018年12月30日の施行日時点で、すでに保護期間が満了していた(=すでにパブリックドメインになっていた)著作物は、70年への延長の対象になりません。一度パブリックドメインになったものが、法改正で著作権に「引き戻される」ことはない、ということです。
つまり判定は、次の順番で行うことになります。
- 作者の没年を確認する
- 施行日(2018年12月30日)の時点で、没後50年ルールですでに保護期間が満了していたかを確認する
- 満了していれば、その後の70年延長の対象外=パブリックドメイン確定
- 満了していなければ、70年ルールが適用される
- さらに、連合国民の著作物に該当する場合は、70年に戦時加算を上乗せして再計算する
この5段階を経て、ようやく「この作品はパブリックドメインです」と言い切れるようになります。
ケーススタディ①:川瀬巴水
川瀬巴水は1957年に没しています。没後50年は2007年、TPP11の施行日(2018年12月30日)の時点ですでに保護期間は満了していました。したがって70年延長の対象外となり、戦時加算を考慮するまでもなくパブリックドメインと確認できます。
ケーススタディ②:吉田博
吉田博は1950年に没しています。没後50年は2000年で、これも2018年の施行日より前に満了しています。川瀬巴水と同様、70年延長の対象外となり、パブリックドメインと判定しました。
両者に共通しているのは、「没後50年の時点ですでに保護期間が切れていたかどうか」という一点が、判定の分かれ目になっているということです。もし没年がもっと遅く、施行日をまたいで保護期間が生きていた作家であれば、ここに戦時加算の計算がさらに加わり、判定はもう一段複雑になります。
この確認作業を、なぜ続けるのか
正直に言えば、この確認はとても地味な作業です。検索してすぐ答えが出るものではなく、没年を調べ、施行日との前後関係を確認し、該当すれば戦時加算の対象国籍かどうかまで確認する——その積み重ねでしかありません。
けれど、この一枚一枚の確認があってはじめて、安心してアーカイブに並べることができます。次回は、実際に収集画像を審査する中で「掲載を見送った」作品について、その基準をお話ししようと思います。
→ 続き:棚に並ばなかった四十四枚——掲載を見送る、という判断について
この記事は、ApLink Designが継続的に行っている著作権・パブリックドメイン調査の一部を紹介したものです。個別作品の著作権判定について、法的助言を目的とするものではありません。